第2次世界大戦後に全面的に近代化され生産された、F4Uコルセアシリーズの集大成といえるF4U-5は、F8F-2最高速度を凌ぐ当時の海軍最高速レシプロ戦闘機でした。 エンジン取り付け位置が前進し、カウリング自体もわずかに大型化しているため、ノーズの長さが強調された外見となりました。また、機首下面の気化器空気取入口はふたつに分割されたため左右の下側がふくらんだ(おむすび型)正面形となりF4U-5の大きな特徴となりました。 F4U-5Nはレシプロ単座夜間戦闘機で、機体は基本的にF4U-5と同じで最大の相違点は右主翼に装備されたレーダーですが、無線装置が2重になったため垂直尾翼後方に補助アンテナが付き、パイロットの負担軽減のため自動操縦装置を備え、夜間飛行時のパイロットの視界確保のため排気管を防焔式とし、さらにその後ろ上部に防焔板を設置しました。 F4U-5NLは各翼前縁に除氷ゴムブーツを装備、プロペラの前縁と風防に水メタノール液噴射式除氷装置を取り付け、厳寒の北朝鮮に対応させた寒冷地仕様機で、生産機数はF4U-5Nが214機、F4U-5NLが101機でした。 第3混成飛行隊D分遣隊(VC-3 Det、D)のガイPボーデロン大尉(Lt、Guy P、Bordelon)はF4U-5N(Bu、No124453)で1953年6月29日~7月17日の間に5機を撃墜し、朝鮮戦争における夜間戦闘機のエース、レシプロ機によるエース、海軍のエースといずれも彼一人だけというTriple Threat Aceの栄誉を得ました。 ボーデロン大尉は前記のF4U-5Nで35回の出撃をおこなった後、機体を残し引き上げましたが、その後まもなく空軍パイロットによってF4U-5N(Bu、No124453)はクラッシュしてしまいました。F4U-5N(Bu、No124453)は撃墜マークが5個の時期がありましたが、ボックスアートでは2機撃墜当時で描いてあります。 (データ)乗員1名、全長12、49m、全幅10、52m、全高4、50m、全備重量5、852kg、エンジンR-2800-32W(E)、離昇出力2、300馬力、最大速度756km/h(高度8、169m)、固定武装20mm機関砲×4、
品番 | JT75 |
メーカー | 株式会社ハセガワ |
電池 | 不要 |
梱包サイズ | 34 x 19 x 5.3 cm |
- JANコード
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4967834191754
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